ワイヤーダックスとダンボールハウス 人に嫌われる人間になろう

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人に嫌われる人間になろう

よく聞く言葉で 私が腑に落ちないのは、
「嫌われるような人間にはなるな」
という言葉。

確かに、そうなんだけど、なんだか腑に落ちない。

例えばこれが
「人に喜ばれることを当たり前にできる人間になりなさい」
なら、すっと胸に入ってくるけど、

まぁ、今回の話は「嫌われる事は本当にいけないの?」って話なんですが。


「嫌われる事」

これ 私達 指導する側って、人に嫌われることを率先してやらなくてはならないように思うんです。

叱るって、相手の事を考えてあげて(思って)する行為だけど、本質的にそれは相手も 私たちを理解してくれているっていう前提なんですよ。
実際の所、褒められるのは良いけど、叱られるのはやっぱり嫌なわけです。

叱るって、怒ると紙一重です。

中には、
「叱ると、怒るは、全く違う!あなたのやっていることは怒るであって、罵倒するということと大差ない」
なんて言う人がいます。

わかってもらうためには、心を込める必要があると思うんです。
その「心を込める」が、ちょっと語気を強くするって事なんです。

優しい口調で言うのは、叱るでも、怒るでもなく、諭すとか、説明するという行為だと思います。

これが間違っているわけではないけれど、仕事中に、瞬時に行動の「正誤」を理解させるにはキツイ言い方をするのが最も効果があります。

わざと怒った顔をして、
「もうやんなくていい。どいて」
みたいな事を言います。

たいてい、こういうやり方って「怒らせた」という風になって、その後 「今日は機嫌が悪い」みたいな事になるので、そこからは「フォロー」「諭す」「説明する」みたいな事が必要になるのだと思います。

私は、「嫌われることを恐れてはいない」と公言していますが、そうは言っても、好き好んで嫌われたいと思う訳ではありません。


叱ることについて
「愛があればきっとわかってくれる!」

なんて言う人がいるけれど、そういう事って 言われたその瞬間に、
「あぁ、自分のために言ってくれたんだ。ありがとう」
と思える人って、すごく大人だと思うし、実際少ないんです。


昔は、平気で「やる気がないんなら辞めちまえ!」なんて怒られたものだけど、例えば会社でそれを言っちゃうとなんらかの「ハラスメント」行為になってしまうし、学生生活だと「イジメ」とか言われてしまうし。

でも、本質的にそうなのかな?と思うんです。
何か発する言葉の最後には
「辞めちまえ!!」
と言いながらも、心入れ替えて頑張れよ!!
という韻を踏んでいます。

本当に嫌なら、辞めちまえ!なんて言って「ハラスメント」なんて言われるリスクをとるのなら、完全に無視して、話もしなければよい。無関心になればよい。

関心を持って、その人に腹を立てたりすることの方が疲れるし、期待しなければ、コチラは何も失うものがない。


ある人が、
「俺たちの指導って、今すぐには理解されないよ。だけど、何人かに一人は、5年後、10年後に気が付いてくれるかもしれない。もし、気づいてくれたのなら・・・気づいてくれることを信じてやるしかないよね・・・。」
と私に教えてくれました。

当時の私もその言葉をうなずいたし、今になって この言葉の重みを、さらに強く受け止めています。


随分前
「私、他の人が間違った事をやっているのに気が付いた時、時々 腹が立つんです。
でも、チームワークとかを考えると、そこで嫌な顔をするのは間違っていると思って・・・だから、言わないんです。
だって、人間関係が良いほうが絶対に仕事だってうまくいくじゃないですか!」




最近の若者は、「嫌われることに臆病」になっているような気がします。

いや、私達だって、そりゃぁ今だって、「好かれたい」と思う気持ちがあるのは事実。

でも、なんというか、昔の方がもっとハッキリしていたような気がするんです。
これは良いとか、悪いとか、そういう事を言いたいんじゃなくて。

どうも、最近の学生を見ていて、「私の気持ちに気づいて!」という人が多くなっているような気がします。

なんとなく、これって「つぶやき」が関係しているような気がします。

「今日ヒマー! お腹すいたー!」
とつぶやいて、誰かと一緒に食事できたら(遊べたら)ラッキー。
誘ってもらえなくても、「つぶやき」だから、傷つかない。

そんな風に、傷つくことや、傷つけることに、なんだか臆病になっているように思うのです。

傷つくことや、傷つけることは、そんなに怖いですか?




私が若いころにやっていた仕事の話

そのころの私は、会社に入って1年ぐらいのペーペーで、先輩社員がたくさんいました。
その先輩社員の一人に、定年間近で ちょっと短気でお客様とすぐ口論しちゃう人がいたんです。

当然、その人のおかげで私達へのしわ寄せも多く、ある時に営業所長に「注意してくれませんか」と言ったことがあるんです。

数週間後、確認のために「言ってくれましたか?」と聞くと、注意していないという返答。
どうしてか?と尋ねると

「嫌われたくない。好かれた方が仕事がやりやすいし、自分よりも先輩社員だから言いづらい」

私は、この時、所長にとても失望しました。
「好かれたい、だから言わない」
と言ったことによって、少なくとも私は 所長の事を 尊敬する気持ちはなくなりました。


似たような話でもう一つ

ある年の卒業生に、
「今までアルバイトをやってきて、一番尊敬していた、もしくはやり易かった人って誰?」
と聞いたことがあります。

その子は、性格が優しい子で、指示や指摘もなかなかできないような子でした。
だから、私の予想では、似通った「優しい性格の先輩」を尊敬しているというのだろうと思っていたのです。

しかし、答えは
「しっかりと自分の意見を伝えられる先輩」の名前が挙げられました。

意外に思い、理由を尋ねると
「自分に欠けている部分であったし、そういう事を言ってくれるからこそ、仕事が円滑にできた。」
と言うのです。

「類は友を呼ぶ」という言葉のごとく、似通った人の事を「好き」というものだと思っていました。
確かに、友達関係においてはそういう事も大いにあるのでしょうが、こと仕事という事に関しては、より円滑に仕事ができるように指摘してくれる、信号機のような交通整理をする人がいると良いのかもしれません。




ちょっと話が変わるんですが、

「喜怒哀楽」
人間の感情というのは、大きくこの4つの感情のバランスで成り立っているのかもしれません。

「喜」と「楽」は似通っているから一緒のカテゴリーにしても良いだろうとか、
「驚」とか「愛」みたいな感情もあるのでは?という細かいツッコミもあるだろうけど、
今回は、その細かいニュアンスを追求したいわけではないので割愛します。


いつも 腑に落ちないのは「喜怒哀楽」の「喜楽は良い」けど、「怒哀はいけない」みたいな発想。

「喜楽」=ポジティブ
「怒哀」=ネガティブ

人間関係は、常に前向きに。ポジティブに。
そう、それって重要ですよね。

でも、ふと考えると、かと言って 「ネガティブ」はいけない事なのか?「ネガティブ」な事を言う人は嫌われるのか?という疑問。

嫌われるよりも好かれた方が良いのは事実です。
けど、嫌われることを否定していしまうと、絶対的に前進できないように思います。

単に、「人付き合い恐怖症」なだけ。


要するに、喜怒哀楽という この4つの感情すべて持っていることが、まずは正常と言えると思うんです。

「わたし、人生楽しくて仕方がない!悲しいことなんて、怒ることなんて、何もない!」

って人は、正直どこか・・・人間としての回路が狂っていると思うんです。

いや、中にはいるかもしれませんが、
日常のそういう思考って、この喜怒哀楽のバランスによるものだと思うんです。


他人は「喜楽」のことはとやかく言わないけど、「怒哀」については、抑え込めと言う。
そういう事を「理性」とか「建前」とか「大人」みたいな事を言う。

astro01.jpg

例えば「月」

月を見たことって、ありますか??

月の満ち欠け。
この月の満ち欠けは、太陽光が月面に反射した光が、我々のいる地球上で見えているという物。

とても当たり前のことを言うのですが、
月面の面積が増減しているわけではありません。

影になって見えていない部分ですらも、本来はそこには月という惑星は存在しているのです。
見えていないだけ

私たちはこの満ち欠けした太陽光が当たった「日向を月」として認識しており、本来はそこにあるはずの「日陰の月(影になって見えない部分)」に関しては、月という認識をしていない。

月は球体(天体)、そこには日向もあれば、日陰もある。


この月の満ち欠けを、仮に「日向を『楽』という感情」、「日陰を『哀』という感情」 とする。

日によって、人間の感情には起伏がある訳だから、満月の時もあれば、三日月の時も、新月の時もあるだろう。

しかし、それが普通。
当たり前じゃないか。


別の話もします。

私は、ヨメ以外の運転の車に乗るのが、極端に苦手です。むしろ怖いです。
アクセルやブレーキの踏み方が違うからなんです

先日、何かの帰りにアルバイトを車で家まで送った時に、
「店長のブレーキはなんか違うけど、どうしているんですか?」
と聞かれました。

「カックンって、ならないんです」
と。(この表現が一番伝わると思って)

そうなんです。良いところに気が付いた。
そういえば、何年か前にアルバイトのみんなとドライブに行ったとき、ある子が運転手の男の子に怒っていたんです。

「運転が乱暴!!」って。スタートやブレーキの時に 体ががっくんがっくんして酔っちゃうと。

で、その子が「店長の運転は動くソファーみたい」と言ってくれたのは嬉しかったな。っていうか、よくわかっているなぁって思ったんだよな。

ブレーキのかけ方について、以前アツく語っていました。2011年4月にリンク

私の運転の特徴は、ブレーキのかけ方。運転の上手い下手は ブレーキでわかります。
ブレーキが下手な人は、総じてアクセルも下手です。

ブレーキって、アナログな物なんですよ。
デジタル信号ではなくて、踏込量(踏力)に応じて効きが変わるものなんです。
この項で言いたいことは、レースゲームのように、ブレーキペダルはON、OFFスイッチじゃないってこと。


さて、本題に戻すと、
最近の子の話を聞くと、この感情の「度合い」というのを無視した発想をよく聞くような気がする。
つまり「ON」か「OFF」みたいな話。

要するに、今日は(それが半月でも、三日月でも、満月でも) 「月が見えた」=「楽」


どんな月なのか?はまったく無関係。
「三日月」 = 「楽」
「半月」 = 「楽」
「満月」 = 「楽」

そこに、レベルは関係ないんです。
光って見える部分がちょっとでもあれば 「楽」って言いきっちゃうんです。

それはそれで、すごいことなんですよ。
ある意味、こういう捉え方もポジティブだと思える一面もあるけれど、本当はもっとバランスとかあるんじゃないかなって思うんですよ。

「キライな人がいない」
と公言する人も増えた。


好き嫌いはあっても良いと思う。

我々のビジネスの世界でも、本音を言えば
「100人のお客様がいれば、100人に満足してほしい」
しかし、それは無理だと・・・初めからわかっているんです。

100人中、一人や二人は、もう二度と利用しないという人もいるだろうし、
100人中の何割かは、「満足」ではなく「そこそこ良かった」とか「普通」程度にしか思わない。

これこそが、正常な状態なんだと思う。

全員に満足してもらう!
というのは、あくまでも目標みたいなものだと思うんですよ。

だから、人間の感情として、「嫌いな人がいない」とか、「人生が楽しくて仕方がない。いやなことが全くない」なんて人はいないと思う。

中には嫌いな人もいるけど、自分の周りには好きな人が多いくらいのこと。

だから、嫌いな人がいるということを自己嫌悪することもないし、あまり楽しくないのに楽しいと言ってしまった自分を不思議がる必要もない。
そう思うんです。




で、先日ラジオを聴きながら運転していたんですが、「アーユルヴェーダ」に詳しい方が話をされていました。
まぁ、運転中でメモなども取らずに聞いているから間違っているかもしれませんが、

この「アーユルヴェーダ」とは、インドの伝統的医学のことです。
この医学の中では、心・体・行動・環境が健康に及ぼす影響が大きいという事です。
具体的には、とりあえず「我慢は禁物」

例えば トイレなどの生理的な欲求、涙、あくび、空腹感、怒り、ため息、その他すべての、本来理性的に抑えつけているものは、すべて その気持ちの思うがままにやって良い。

これは、対照的に「ヨーガ」の世界があって、ヨーガは古代インド発祥の修行法で、その修業は食事制限や、キツイ姿勢(体勢)の継続、呼吸法、瞑想など、非常にストイックなものだそうです。

現代日本では、ヨーガと言うと「健康!」みたいなイメージがありますが、この「インド発祥の修行法をもとにした健康法」という捉え方が正しいようです。

心と体を健康に、美しく、というのは、まず自分の感情に正直になること。
若いという事は、それだけで美しいことなので、あまり意識しないだろうけど、ストレスを溜めこまないって、実はそれ自体も自分の生活に工夫が必要だし、簡単な事ではありません。

で、何が言いたいのかわからなくなる前に話を元に戻したいのですが、

感情を押し殺して、自分の意図とは逆の表現をする事って、不自然なように思うんです。

確かに、いろいろな考え方があって、そういう時だからこそ、ポジティブな事しか考えない、ネガティブな言葉からは何も生み出さないという考え方も正しいと思う。




さてさて、主題から離れてしまう前に。

今年度に入って、実は私が一つだけ、今までと変えたことがあります。
それは、「めんどくさい」を言わない。

すぐ、自分の感情優先で、思ったことを言っていたけど、それを封印しました。
これは、チームプレイのなかで、この方がよりチームの結束を高められると考えたからです。

結果的には、わかる人にはわかるらしく チームとしての動きが劇的に変化したように思います。

ただし、それは、「叱らない」という事と同じではありません。
私の仕事は、「正しい方向へ導く事」だと認識しているので、間違った方向へ行こうとした人へは厳しく接します。

厳しく接したことで、彼らは 私を嫌うだろうか・・・?


ある年の卒業生と、飲む機会があって
「お前には厳しく接した思い出しかない。嫌な事ばっかり言って悪かった。」
と言ったことがあるんだけど、

その子は
「店長だから、そういう立場だってわかっているし、注意されるなりに コチラに落ち度があるのもわかっているので、気にしていませんよ。むしろ店長として当然のことをやっていたんじゃないですか?」
と言われました。


こんな風に
彼らが5年後、10年後に、何かのきっかけで気が付いてくれれば、それが私が残せた結果なんだろうと思う事にしています。

だから、嫌われることを恐れちゃいけない、嫌われることを、続けていかなくてはならないと思っています。
関連記事

テーマ : お仕事奮闘記
ジャンル : 就職・お仕事

コメントの投稿

非公開コメント

いらっしゃ~い
ユニークアクセス
合計ホスティング・レンタルサーバー
今日ホスティング・レンタルサーバー 昨日ホスティング・レンタルサーバー

トータルアクセス
  
CALENDER
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
なうい記事
コメントちょうだいよぅー
スパムコメント増加のため承認制にしています
分類しちゃったぁ
MONTHLY
ランキング的な
人気ブログランキングへ Free counters!
ページランク表示用ブログパーツ E-Pagerank デイトレード にほんブログ村 犬ブログ ワイヤーヘアードダックスフンドへ

人気サイトランキングへ
おにぎり☆父とは?
趣味はアリンコの観察と地図鑑賞。ちょっぴりナイーブで腹黒な昭和生まれの男の子。

たまに鼻毛が出ています(爆)

社会の窓は全開ちう。←すーぱーくーるびずなう。
Anniversary!
1st Birthday♪♪

2nd Birthday♪♪
うきうきウォッチング♪
勝手にリンクしてま~すwww
SEO対策
  • seo
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。